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発達14『親子の絆』

11月は国の定めた児童虐待防止推進月間(オレンジリボン・キャンペーン)です。
「189(いちはやく) 知らせて守る こどもの未来」
(「児童虐待防止推進月間」標語 令和2年度最優秀作品)

10年ほど前に、被虐待児童心理治療の専門家という立場(当時、児童心理治療施設・副施設長)で、「鳥取いのちの電話」季刊誌巻頭文の執筆を依頼されたことがありました。今回は、その時に書いた寄稿文を掲載します。

親子の絆とは何だろう。
 母子は確かに臍(へそ)の緒(を)で物理的に繋がっていた時期があって、それを切り離した後も、目に見えない何かで繋がり続けているかのように「絆」と表現したのが、この言葉の始まりのような気がする。
 しかし「親子の絆」は本当に存在するのだろうか。在るとすれば、いったいそれはどこに在るのだろう。もしかすると親の側で一方的に抱いている願望、あるいは幻想に過ぎないのではないだろうか。

 この、親の側で抱く『絆で結ばれているはず』という幻想は、行き過ぎると、時に虐待を引き起こす。
 「絆で結ばれているから大丈夫」と、我が子を放置する。
 「絆で結ばれているはずなのに」と、思い通りにならない子に鉄拳を振り下ろす。
 「絆で結ばれているから言いなりに」と、子どもを性処理の玩具にする。
 「絆で結ばれていたはずなのに」と、心をズタズタにする言葉を浴びせ存在(生まれてきたこと)さえも否定する。
 そんな絆なら、最初から無い方がよかった。

 「世代間伝達(伝承)」という言葉がある。
 虐待をする親は自身も虐待を受けて育った場合が多く、そうした子育てのありようが世代を越えて伝達される、という意味で使われることの多い言葉だ。
 虐待による被害を受けた子どもたちを保護し、その傷を癒そうと励む支援関係者はこれを用いて「虐待の世代間伝達を断ち切らねばならない」と、声を揃えて言う。
 確かにそれは間違いではない。しかし、私は思う。私たち支援者が担うべきは、
負の世代間伝達を断ち切るばかりでなく、正の世代間伝達を与え直すことであると。
 
 虐待環境に育った子どもにとって、虐待は“普通”のこと。勿論、私たちには“異常”だ。ところが、虐待を受けてきた子どもには、私たちに“普通”の日常が“異常”に感じられてしまうという逆転が生じている場合がある。
『大人は信用できない』
 それを“普通”のこととして染み込まされてきた子どもは、
『どうせ先生たちも自分の親と同じように、怒ったら暴力でねじ伏せるんだろう』
『どうせ先生たちも自分になんか嫌気が差して見捨てるんだろう』
『どんなにいい人ぶってても、大人なんてみんな同じだ。化けの皮をはいでやる』
 と、支援者を挑発し虐待の再現化(対象の大人を怒らせ、暴力を振るわせようと)を試みてくる。ただし、心のどかで
『でも、(目の前の)この人だけは、そうであってほしくはない…』
 と、相矛盾した一抹の期待を寄せつつ…。
 もしもこの時、支援者が子どもの挑発に乗って、その子の親と同じに力で押さえ込んでしまったなら、投げ捨ててしまったなら、
『やっぱり、大人なんてみんな同じだ…』
 という思いを頑なにし、子どもの中の異常な“普通”は決して書き替わることがないだろう。

 力や支配によらない、愛着による言葉を越えた繋がりを根気強く与え続けること、それが子どもの中に誤って書き込まれた“情緒”を正しいものへと書き替えることであり、正の世代間伝達を育むことに繋がる。
 この子たちもいつの日か親になる日が来る。だからこそ、私たちの支援は未来に繋がる支援でなければならない。

 今回、「親子の絆」について原稿執筆の依頼を受けたことを、十八になったばかりの息子に話し、「親子の絆って何だと思う?」と問うてみた。すると息子はしばらく考えて「程良い放置」と答えた。私は、「そりゃぁ(原稿には)使えないなぁ…」と笑いながら返したが、すぐさま息子は「さっき言った言葉の前に、『信頼のある』が付くんだよぉ」と畳み掛けた。
 『信頼のある、程良い放置…』
 なるほど、親子の絆ってそういうものかもしれない。正に『木の上に立って見る』“親”という漢字の造りを模したスタンスを、子の側でも望んでいるということなのだろう。また、息子の言った「程良い放置」から、『親の背中を見て育つ』という諺(ことわざ)も連想していた。この諺(ことわざ)が私たちに教えようとしているのは、親子が“信頼のある関係で結ばれている”前提が不可欠で、『背中だけ見せていればいいってことではない』ということなのかもしれない。

親子の絆、それはどうやら親の側にではなく、
子の側に在るもののようだ。

園長
(臨床心理士)
山下 学
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