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発達20 こころを育む

これまで発達シリーズの中で、「感情の発達」、「発達の種」、「心の安全基地」、「自閉症児および自閉症傾向(発達障碍)児の特性理解と支援」、「発達の臨界期」、「自己治癒力と自己発達力」等について論じてきましたが、それらをベースにしながら幼児期の療育がいかに重要であるかについて、改めて書き記しておきたいと思います。

 一昨年11月30日のブログでもお伝えした通り、「国連がインクルーシブ教育を日本政府に勧告」しました。記事中でも述べたように、以前ヨーロッパの公立小中学校のインクルーシブ教育を視察し大変羨ましく思ったことでしたが、それは公立小中学校全校に特殊教育のエキスパート(専門教員)がチームで配置され、通常学級に在籍しながらに専門教育も受けられる体制が整っていたからでした。視覚障碍には視覚障碍の、聴覚障碍には聴覚障碍の、肢体不自由には肢体不自由の、知的障碍には知的障碍の、それぞれに必要な専門教育や配慮が為されていました。私は、総論ではインクルーシブ教育に賛同する者ですが、こと乳幼児期(脳の臨界期)に関しては我が国の早期療育を支持していて、その根拠が冒頭にお示しした各論になります。

【幼児期における療育とは】
 乳幼児期は、人生のスタートを切ったばかりの時期。脳の細胞レベルでの成長は、3才で85%、6才で95%、残る5%を9才~12才で完了すると考えられています。これが所謂(いわゆる)、脳の臨界期です。
 コンピューターに置き換えれば集積回路を構成するハードウェア・システムの構築に喩えられますが、そのハードウェア(脳)にインストールされるソフトウェア(アプリケーション)を、養育・保育・教育と言い換えることができるように思います。

 ところが、工場出荷時にハードウェアが完成しているコンピュータとは違い、ヒトの脳は未完成のままに誕生を迎え働き始めるために、臨界期(乳幼児期)に与えられる刺激によっては脳の組織(神経回路)にも影響を及ぼします。乳幼児虐待が第四の発達障害と言われるのはこのためで、この時期に受けたダメージは脳にも損傷を与え、生涯に渡って悪影響を及ぼすことが知られています。

 これとは逆に、脳には生まれつき多少の損傷があったとしても、臨界期内に発動される代償機能によって、神経回路を他に組み替えながら正常化しようとする働きの有ることも知られていて、適切な環境の下でこうした力を最大限に引き出そうとする関わりを療育(発達支援)と呼ぶ訳です。

 この時期に、身体の発達、知能の発達、感情の発達に精通した幼児療育の専門職の助けを得て子どもの発達に適切な刺激(支援)が与えられるかどうかで、子どものその後の一生が左右されると言っても過言ではなく、臨界期内でなければ出来ない先送りできないタイムリミットがそこには存在します。それこそが「早期発見・早期療育」と言われ続けてきた由縁です。

【恐怖と不安の感情を克服する鍵】
 この30年来、インターネットやスマートフォンの発達に従ってディス・コミュニケーションが加速し、これに比例するかのように発達障害(自閉症傾向)児の絶対数が増えてきているようにも感じられますが、「自閉症児および自閉症傾向(発達障碍)児の特性理解と支援」でも論じたように、発達障碍の誘因は、乳児期~幼児前期に何らかの理由で「恐怖」や「不安」の感情を解消・克服し得なかった(=心からの安心を獲得できていない)ことにあると仮説立てることができます。
 『何らかの理由』はケースによって様々ですが、どうすれば『恐怖や不安の感情を解消・克服する心=「安心」を育て得るのか』に焦点を当てる場合に、「心の安全基地」=「愛着対象の内在化」がポイントで、それらを養う上での重要な鍵が、乳児期の発達課題「対象恒常性の獲得」にあります。

 つまり、「恐怖」や「不安」を感じても、自身が依存(固体化)すべき対象が、変わりなく存在し続けると信じられることが、心に「安心を産み出す」のに不可避であるということです。その信じ続けられる愛着対象を心に内在化することで、「恐怖」や「不安」に立ち向かう(冒険にチャレンジする)心理的・精神的な力(=安心)を得ると考えられる訳です。

 対象恒常性を未獲得のまま自閉症および自閉症傾向(発達障害)の診断を受けて入園してくる子どもの多くが、視線を合わせられず、心を通わせる(笑顔を交わす)ことができません。近くにいる大人をクレーンハンド等で道具のように扱い、思い通りにならないと「不快」を顕わにし、心を「安心」で満たすことができません。そのため、世界を「快」と「不快」の感情だけで捉えようとします。
 これには発達課題「自我の芽生え」も深く関わっていて、自我意識が不明瞭であるが故に他我(=相手の自我)への認識も不明確で、結果子どもは「快」のみを追求することに終始するようになります。そうすることで本能的に「不安」「恐怖」の回避を試みる訳ですが、「快」の追求を試みれば試みるほどに「不安」「恐怖」を強め、「快」を得られないことに遂にはパニックを引き起こします。
 パニック感情は一方的に放たれ、放った感情が周囲(親や直接支援職員)に受け留められることも、このフェーズを生きる子どもには理解できないため、心はいつも孤独なままです。

 しかし、ここにこそヒントがあります。それは、裏を返せば「感情は、受け留められたり受け留めたりの相互交渉による交流を行うもの」であるということです。つまり、私たちがコミュニケーション[伝達]によって他者とやり取りしているのは、言葉(=情報)や表情に載せた感情をこそやり取りしているんだということです。

【心に「安心」を育てる】
 このことを、子どもが負の感情=「不快」「不安」「恐怖」を表出しているタイミングに学習させようとしても、到底できはしません。負の感情を表出している間は、抱きしめ、穏やかなトーンで声掛けしながら、その子の発する「怒り」や「悲しみ」「不安」「恐怖」の感情を受け留めることに努めます。但し、周りの子や支援者に八つ当たり的に攻撃の矛が向けられることがあるため、支援者は他児の盾になったり、自身への攻撃を阻止する対応を要する場合もありますが、その際も対象の子を威嚇、威圧しないことが肝要です。そうした対応を経て、子どもが平常心でいる時を捉え、正の感情=「快」を通じて他我(=相手の自我)に気付かせることを試みていきます。但し、自閉傾向(発達障害)を有する子どもは、感覚過敏や鈍麻によって支援者の「くすぐり刺激」を「快」とは感じられず「痛み」と感じてしまうこともあるため、充分に注意しながらプレイ(セラピー)に臨む必要があります。ソフトタッチから始め、子どもの反応を見つつ「快」を維持し続けながら、徐々に介入(刺激)を強め「快」が増幅していくよう働き掛けます。このステップにおいて、もしも「不快」を抱かせてしまったら、なかなかに修正が利かなくなることを肝に銘じて子どもと向き合います。

 子どもが「くすぐり刺激」を「快」と感じられ、そうした関わりを期待できるようになったら、様々なパターンやバリエーションで刺激しながら、子どもの想定を良い意味で裏切っていきます。『こうくると思ったのに違ったけど、これもこれもこれも心地良い(快)』の連続により、自身の想定を超えた「他我」が相手に存在するかもしれないことへの気付きを与えるのです。気付きを得ると子どもの側から、相手の目を覗き込む強いアイコンタクトを取るようになり、笑顔の交歓が始まります。この「他我」への気付きは、同事に「自我」への気付き(芽生え)をもたらすことにもなり、こうして「自我と他我の交流」から本格的なコミュニケーションがスタートする訳ですが、感情交流を獲得する前にコミュニケーション・ツール(言語、文字他)を先に習得する(順序が逆転)場合には、言葉が感情を伴わない“記号”のやり取りになってしまいがちです。

【欲求こそが課題獲得のエネルギー】
 そもそもヒトは何のために言葉(言語)を獲得したいと欲するのか、その「欲求(感情を交流させるコミュニケーション[伝達]を習得したい)」こそが課題獲得のエネルギーそのものなのです。

 発達課題は子どもの前に提示し、トレーニング(訓練)によって獲得させるものではありません。その課題一つひとつを『獲得したい!』と欲する心を養うことが、何より重要なのです。発達支援は「子どもに『させる』ことではなく、子どもが『する』こと」。もっと言うなら、「子どもに『したい』という欲求を起こさせること=好きにさせること」と考えます。決して大人の「いうことを利く子どもにする」こと、大人の「思い通りに動く子どもにすること」が発達支援ではありません。

 では、子どもの「好き」を引き出すにはどのような方法があるのか。「自我の芽生え」時期については先述の通りですが、それぞれの時期に応じた適切な方法が様々あります。それこそが児童発達支援センターの専門性であり、そのためのメソッドやノウハウをどれほど身に付けられるかが、私たち専門家に問われていることなんだろうと思います。

「楽しくなきゃ児童発達支援センターじゃない!」
1980年代のフジテレビ・キャッチフレーズのパクリですが、子どもにとっても職員にとっても保護者にとっても「楽しい児童発達支援センター」であってほしいと願っています。

園長 山下学 (臨床心理士、相談支援専門員)
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